⒏ 妨げるものー不信感
世界は安全では無い! と大抵の人が思っている。誰彼不用意に信用してはいけないと、子供も教えられる。
知らない人には、まず用心が要るかもしれない。
だから、日常生活で人は、多分に沢山の「内緒」に満ちて暮らしている。
特別に隠さないまでも、「私の心の中を何時でも覗いていいですよ」と言える人がどれだけいるだろうか?
「独自の気持ち、感覚」があってそれを「内緒」にしているのが個性なのだろうか?
では一体、何故、隠さなければならないのか? 理由は一杯ありそうな。
思いつくことを上げてみようかな。
① 危険だからー個人情報等誰にでも知られたらとても危険。悪い人が害を与えるかもしれない。
② 自分をより良く見せたい。より良く見せて、感心されたり、好かれたい。だからカッコ悪いところは隠したいのだ。恥ずかしいものは絶対に隠したい。③ 少しズルしたいから。手抜きしたり、ほんの少し何かを内緒で頂いたりしたい。
④ 自分が有利になる為に、状況を操作したい。だから心の中で計算をしているー勿論、絶対に内緒です。
⑤ 心配を掛けない為に内緒にすることもある。
サプライズで喜ばせたいから内緒の時もある。
⑥ 新しい計画、アイデア、考えを邪魔されたくないから内緒の時もある。
⑦ 悪い動機で人を陥れようとして、内緒と言うより、嘘を吐いたり、騙したりする。
⑧ 自分を守るために、独自の自分をを守る為に、誰かに土足で心の中を歩き回られたくはないから。孤独を楽しみたい。
⑨ 気分を害している事を知られたくない。相手に対して、嫌だ、嫌いだ、イライラするなどの気持ちを出すわけにいかないから。 etc.
「内緒」と思った時、何が起きているのか?
人には知られたくないと思った時、「分離」が強まっているのではないか?
不信が強まり、信頼は弱まっているのではないか?
自分の心を、他者に隠したいと感じているなら、テレパシーが通じないのは当たり前です。
心が「これは内緒ね」とつぶやいた時、ドンドン分離して、そこに、内緒への罪悪感も密かに生まれたりして、ますます分離、孤立して行くのかも知れない。
この相手は、自分に良い何かを与えてくれるのか、又は、害を与えるのかどちらだろう?と用心して見極めなければならないとは!
もしも、常に他者とは、認め合い、褒め合う、共感し合い、分かち合い、助け合い、優しくし合い、互いのアイデアと表現に驚きあい、発見し合い、そして何よりユーモアを持って笑い合う関係であったなら、そうなら、きっと「内緒」は要らないだろうね。サプライズパーティー以外は。
とりわけ、認め合い、褒め合い、微笑み合う様に私もっと努力しよう!!
素晴らしいところを見つけて誉めようよ!
言葉や態度に表そうよ!
「わかるよ!わかるよ!」と言ってあげよう!
すると人は随分幸せになる。
問題は早期に解決する。
だって分かって貰えるだけで良いのだもの!